瀬戸内はいいところだよ、とよく言われる。気候は温暖で海の幸に恵まれ、“瀬戸内レモン”などの特産品も多い。工業地帯が連なる沿岸の都市の風景も悪くない。呉線の車窓からみる景色はとりわけ好きな風景のひとつだ。明媚な島々を眺めていると頭の中に流れるのは小柳ルミ子の『瀬戸の花嫁』……。確かに、瀬戸内はいいところである。
瀬戸内は温暖な気候で風景も綺麗な一方、観光となると実は意外なハードルも…(筆者撮影)
ただ、広島出身という編集担当者が言う。
「こっちに観光に来る人ってだいたい原爆ドームと宮島、スポーツ球団。あとは呉の戦艦大和くらいで終わっちゃうんですよね。瀬戸内の小さな島をめぐるのは結構大変なんで……」
この言葉もまさにそのとおり。「瀬戸内海には小さな島々が無数に点在していて、ウサギがいたり猫がいたり、とにかく楽しいところばかり」とはよく耳にするのだが、なかなか行く機会がないのである……などという話をJR西日本の人に向けてみた。
実は観光が難しい瀬戸内の島々
「確かにそうなんですよ。瀬戸内の島はほんとうにいいところばかりで、観光地としてのポテンシャルも高い。でも、その島に渡る船は地元の人たちが本土に出るときに使う日常の脚。船の時刻表を見てもそうなっていて、なかなか観光では利用が難しいところが多いんですよね」
答えてくれたのは、JR西日本営業本部でマーケティング戦略を担当している内山興さん。
「数字で見ると、瀬戸内エリアには山陽新幹線で年間約400万人の流入があるんです。いま、当社ではそれを15万人ほど増やせないかと、『せとうちパレットプロジェクト』という観光促進のプロジェクトを進めています。その中心はやはり広島かなというところなんですが、ご指摘のとおり400万人が原爆ドームなどといった特定の場所までは来ているものの、そこからもう一歩先まで足を延ばしてもらいたい。瀬戸内の島の魅力を打ち出していくことで、もっと増やせるのではと思っているわけです」
瀬戸内の島の魅力を打ち出していくにはふたつのポイントがあるという。ひとつは、今までは効率的に巡ることが難しかった島々にも渡れる周遊ルートをつくっていくこと。もうひとつは、島々を訪れた観光客が楽しめるようなコンテンツ作りを加速させていくことだ。このきっかけのひとつになったのが、2018年に販売した「せとうち島たびクルーズ」という旅行商品。
「このときには瀬戸内海汽船さんがお持ちの『はやしお』という90人乗りの高速船を使わせていただきました。定期船が点検のためにドック入りする際に用いる、いわば予備の船ということで、年間70〜80日ほど稼働していない時期があるんです。それを借りまして、東京・名古屋・大阪・福岡という4大都市圏からの新幹線往復をセットにしました。これがとても好評で、アンケートでは『写真とかでよく見ていて行きたいけどなかなか行けなかったところに行くことができた』という声もたくさんいただいた。そこで、本格的に取り組んでいこう、となったわけです」
専用船が必要だと痛感
瀬戸内の島を訪れるには、本土各所にある港から船に乗ることになる。ただ、すでに述べたとおり、これらの船は地域の人が利用する前提でダイヤが組まれており、観光利用には多少不便を感じることも多かった。また、歴史的な経緯から小規模な事業者が多数存在しており、周遊観光ルートを構築することが難しい事情もあったという。
結果、瀬戸内の外から観光客を集めて安定した観光誘致をするためには“新たな専用の船”が必要だという結論になり、そこで誕生したのが、この秋に就航した観光型高速クルーザー『SEA SPICA(シースピカ)』である。
「2018年の『島たびクルーズ』で専用船が必要だと痛感し、その年の秋から構想を詰めて、運航のノウハウを持っている瀬戸内海汽船さんや、地域の事情を把握している国交省の中国運輸局さんとともに連携協定を結びました。そのうえで、新造する船を保有する会社を設立して、観光に特化した新しい船の建造に入っていったというわけです」
「シースピカ」は双胴の高速船で、建造を担ったのはもちろん地元・瀬戸内は尾道の造船会社・瀬戸内クラフト。最高で24ノットで走ることができ、巡航時には22ノットで運航される。
さらに「WEST EXPRESS 銀河」を手掛けたイチバンセンの川西康之氏にデザインを依頼し、観光に特化した快適な船を生み出したのだ。定員は観光バス2台分の90人。1階にはソファを主体とした座席を設け、足の不自由な方でも昇降機で上がることのできる2階は開放的なデッキ(スピカテラス)となっている。デッキの後部からは船の作り出す引波も間近に見え、瀬戸内の穏やかな風を存分に味わえる仕掛けだ。
「双胴船にすることでスピードを出してもあまり揺れずに安定するんです。瀬戸内海はもともと穏やかで荒れることがほとんどないんですが、それでもデッキで風を浴びていただく上では大事なところかな、と。運航は瀬戸内海汽船さんのグループの高速船運航会社にお願いしています」
広島から呉、そして瀬戸内の島々へ
コースは、朝に広島港を出発すると、呉港で海上自衛隊の大艦隊を間近に眺め、江戸時代には朝鮮通信使が上陸していたという下蒲刈島で約70分、うさぎ島として知られる大久野島で約30分の停泊。尾道までの定期航路がある瀬戸田港を経由して昼過ぎに三原港に到着する。午後は三原港から逆にたどって広島を目指すが、午前中と違うのは下蒲刈島ではなく大崎下島に立ち寄ること。12月14日まで基本的に毎週金・土・日・月曜日に運航される予定だ(来年以降は3〜11月の運航予定)。
「下蒲刈島は朝鮮通信使が上陸していた時代の文化財が残っていたり、大崎下島には坂本龍馬が密会にも使ったという御手洗の古い町並みが残っていたり、大久野島のうさぎはもうインスタ映え、ですか。往復シースピカに乗っていただいてもいいですし、山陽新幹線や呉線の新しい観光列車『etSETOra』、『WEST EXPRESS 銀河』などと組み合わせていただければもっと楽しい瀬戸内の周遊になると思います」
ちなみに、途中で広島のプリンスホテルや呉港にも寄港するのでこれらの港から乗船することも可能。定期船ではないので広島〜呉間だけの短区間利用などはNGだが、立ち寄り観光として下蒲刈島や大久野島、大崎下島(御手洗)などでの途中下船はでき、また大久野島経由で竹原港に渡る船とのセット商品や、広島方面からきて瀬戸田港で下船しその先へは別の交通手段を利用するなど、それぞれのスタイルにあわせて広島観光に組み込めるという按配になっている。
今まで、観光で広島を訪れても宮島や原爆ドーム、カープ止まりだったという人も、シースピカでの“島たび”を加えてみてはいかがだろうか。それでこそ、瀬戸内観光の真髄にふれることができるはずだ。
(鼠入 昌史)
"解決策" - Google ニュース
October 05, 2020 at 04:00AM
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